キム・ヨナ選手は「簡単な」技で「堅実に」稼いだのか?


 バンクーバー五輪フィギュアスケート女子シングル。今回の得点に疑問を持ち、フィギュアスケートの技に興味を持った方に、是非知っておいて欲しいことがあります。


 ネット上では以下のような評価を見かけることがあります。
 「浅田選手は難しい技にチャレンジしてみせ、一方、ヨナ選手は簡単な技で堅実に稼いでみせた」
 と。


 浅田選手のトリプルアクセルはとても難しい技です。1試合3回は前人未踏。現世代で回転不足なしに跳べるのは彼女一人だけ。人間離れした高難度のジャンプであるのは異論の挟みようがありません。


 しかし、ヨナ選手のジャンプ構成を簡単な技と評するのは、ハッキリと言えば的外れもいいところです。以下、説明しましょう。


 女子選手が連続ジャンプの2つ目に3回転ジャンプを跳ぶのは、男子でいえば4回転ジャンプに相当する高難度技に相当します。
 その中でも最高難度のルッツジャンプから跳ぶ「3ルッツ+3トウループ」を跳べるのは数えるほどの人数しかいません*1。ヨナ選手はこれをショート、フリーに1本づつ決めてみせました。(しかも高さ、幅、流れを兼ね備えた質で)
 更にはフリーではもう一つ「2アクセル+3トウループ」も決めています*2。これは、安藤選手や鈴木選手も今期トライしていましたが、成功率が上がらず最終的には構成から外すことになった、という難易度のジャンプです。


#余談ですが、トリノ五輪のときには「3回転+3回転」または「2アクセル+3回転」を成功させた選手は2人だけ(しかも当時は回転不足を取らないルール)(<間違いでした。が論旨は変わらず) といえば、その難易度が想像できるでしょうか。(荒川選手は3+3を予定していたが回避)



 浅田選手のトリプルアクセルが与えたインパクトはとても大きく、連日、マスコミでも取り上げられ続けたため、「これこそが究極の技であり、それが飛べない選手は技術的に劣る」という印象を持っている人もいるかもしれません。
 しかし、ヨナ選手の今回の演技は、通常の(3アクセルを持たない)女子選手が到達し得るほぼ最高難度のプログラム構成であり*3、それを全てのジャンプでノーミス。更にはスピン、スパイラルのレベル取りこぼしも無しというほぼ究極の完成度の演技だったのです。


 私も日本人ですので、もちろん浅田選手のことを応援していましたし、出来ることなら金メダルを取って欲しかったです。
 ですが、自国選手に注目するあまり、ヨナ選手の今回の演技構成を「簡単」「堅実」「無難にまとめた」などと評してしまうのは、フィギュアスケートに関して無理解であり、この稀代のアスリートに対して非常に失礼なことだと私は思うのです。


 ネット上には色々と議論が起きていますが、その内の大半は感情論であり、フィギュアスケートの技術について無理解です。皆さんには、是非この機会にフィギュアスケートの技について理解を深めて欲しいと思います。
 「トリプルアクセルは凄い」「それが跳べない選手は凄くないはず」といった見方だけではなく、それ以外の「凄い技」にも注目すると、もっとフィギュアスケートが楽しめると思いますよ?



(※個人的には、技の加点幅(GOE)のルールについては議論する余地はあると思っています。ですが、今回の話の本筋ではありませんので触れていません。あしからず)

*1:一番難易度の低い「3トウループ+3トウループ」であれば跳べる選手は多いですが、「3フリップ+3トウループ」以上の難易度を成功させたのはここ数シーズンで8人程度。「3ルッツ+3トウループ」以上は3人程度。(但し2009-2010シーズンのまとまったデータが手元にないので、2007-2008、2008-2009シーズンのシニア国際大会で調べました)

*2:「2アクセル+3トウループ」をプログラムに組み入れ成功させたのは、ここ数シーズンで9人程度。フリーに2本のセカンドトリプルを成功させた選手は3人。

*3:ループジャンプが入っていないことを除く。