フィギュアスケートの採点に結局不正はあったのか? 〜陰謀論に心配になってしまった方へ


 いよいよ今シーズンのグランプリシリーズも始まりますので、この記事を書いておきたいと思います。


 フィギュアスケートの採点には結局不正があった(ある)のでしょうか? 特に2009-2010シーズンの採点に関して、日本のネット上では陰謀論を唱える声が多く溢れていました。(名前出すと過剰反応されるのが嫌なのですが、特にバンクーバー五輪や2010世界選手権における、主に女子シニアの浅田真央選手、キム・ヨナ選手に関する話です)


 ネット上のそこかしこで繰り広げられるフィギュアスケート陰謀論に心配になり、「陰謀なんて無いと思うのだけど、でももしかしたら…」と不安に思ってしまっている方もいるのではないでしょうか。


 ですが、私はこの件に関して、不正や陰謀などがあった可能性は低いと考えています。この記事では、漠然とした不安を抱えてしまった方々への説明を試みたいと思います。


0.おことわり
 とは言うものの、陰謀や不正はあったんだと強固に主張する方々を説得したり論破したりしようとは思っていません。証拠がある類の話ではないので、平行線、不毛な水掛け論になってしまうからです。あなたが何を信じるかは、あなた次第です。


1.不正な得点操作はあったの?なかったの? 〜悪魔の証明
 フィギュアスケートには、過去に採点に関するスキャンダルがあったことは事実なので「決して不正が起き得ない」とは言い切れないことは確かです。ですが、不正があったという証拠もどこにもありません。


 不正があったという証拠などどこにも出ていませんし、不正が無いことの証明はいわゆる「悪魔の証明*1です。


2.フィギュアスケートの採点は、複数国籍のジャッジの平均値 〜信頼性の担保
 私が不正が無かったと主張する大きな要因の一つは、フィギュアの採点は複数国のジャッジが出した平均点によって付けられているということです。


 これは「感性」頼みになりがちな採点競技において、信頼性を確保するための合理的なシステムです。
 1〜2人のジャッジが点数を操作したところでその影響は軽微ですし、逆に明確なスコア差が付くということは、多くのジャッジが一致した判断を下したということです。「誰もがそう思った」から差が付くのであって、その点差には根拠があることになります。


 それでは1人を買収しても不正が無理ということは、ジャッジ団全員を操作したり買収したり、あるいは結託することは可能なのでしょうか。


 まず、事実としてジャッジ団は10ヶ国以上の異なる国籍のジャッジから構成されています。
バンクーバーで言えば、女子SPは「フランス・イギリス・ドイツ・日本・韓国・ロシア・スイス・スロバキアアメリカ」から9名。FSでは抽選により「フランス・ドイツ・韓国・スイス・スロバキアオーストリア・カナダ・フィンランドポーランド」の9名です。


 口裏を合わせて操作を行ない、かつ、全ての関係者が口を閉ざしているなどということは(情報統制下にある国家ならともかく)現代の国際社会では考えにくいでしょう。(ハンドボールによる「中東の笛」のように、審判団を利害関係国に入れ替えるくらいのことが行なえるような体制であればともかく)


 上記の全13ヶ国(もちろん皆さんISUのジャッジ資格を取得したプロです)が、意図して特定の選手の評価を上げ下げしていると?何のメリットがあって?
 陰謀や不正があったと主張する側の論拠はあまりにも弱いと言わざるを得ません。


 「いや、協会の権力をチラつかせて圧力を…」「特定の選手の採点が良くなるように刷り込み工作を…」「買収は無かったにしても皆が口裏を合わせて…」「スポンサーの資金が…」など、陰謀論というものはいくらでもそれっぽいことを考え付くことが出来ますが、それらは想像の域をでません。


3.「明らか」な演技の差? 〜「明らか」って?
 バンクーバー後に「誰がみても真央ちゃんの演技の方が良かった!トリプルアクセルだって3回も跳んだのに、どうしてこんなに差がつくの?」といった意見は多く聞かれました。
 「多くの観客の印象と、スコアが食い違っているのはおかしい」という話ですが、これはどう考えればよいでしょうか?


 どのようなスポーツでもそうですが、自分の応援している自国の選手ほど演技がより素晴らしいものに見えるというのは皆さんお分かりだと思います。(統計学的にはバイアスと呼びます)
 そのような状況下で「明らかに良かったのに」「良いと思った人が大多数だったのに」という主張はやや客観性を欠いています。(いや、私は客観的に見ている! と主張する方もいるでしょうが、それも大半は「自分は客観的であるという主観」です)


 私は外国のネット世論までは調べていませんが、おそらく別の国でインタビューをすれば、それぞれの国で「自国の選手が最高だった」とする意見が多くあることでしょう。
 「誰が見ても真央ちゃんの方が〜」という意見は、少なくとも「日本のネット上では」多く見受けられた、ということでしかありません。


 そのような民衆の主観と、きちんとプロの視点を持つ計13ヶ国のジャッジ団による採点と、どちらが信頼がおけるでしょうか?


4.ルールの無理解 〜専門家の目
 また、そもそもの採点ルールをよく知らずに批判をしている感情論派も多く見受けられました。


 フィギュアスケートの採点システムは、素人が「ああ美しいな」と思うことと「スケートの技術が高いこと」とは必ずしも一致しません。特に技術の部分は、ジャッジが専門的な視点から採点する必要があります。(回転不足のジャンプは素人目には成功に見えますが、専門家からすればそれは劣った技術と評価されます)


 「ルールを知らなければ演技の良し悪しを語ってはいけないのか!」という人が必ず出てくるのですが、そんなことはありません。自分の感性のままに「自分は誰の演技が良いと感じた/悪いと感じた」と語ることは大変結構だと思います。


 ですが、ルールに照らし合わせずに「この結果はおかしい。インチキだ」と叫んでみたところで、それは説得力がありません。


 中には、「誰々選手のスピンは見た目がよくないのでせいぜいLv2。Lv4が付くのはおかしい」*2のような見当違いの批判をしている人も居ますが、こういった主張は残念ながら考慮するに値しません。


5.では現行のジャッジシステムに全く問題は無いのか?
 不正の可能性は低いですよと主張してきた私ですが、ですが、現行のジャッジシステムが完璧だとも思っていません。


 大会ごとの点数基準が一致しない点。滑走順によって前の滑走者との比較評価になりがちな点。PCSが格付け点になっている気がする点。PCSでジャッジが実際に何をどれだけ評価しているかが不明確な点(クロスストロークの回数など)。回転不足のスロー映像を再生するべき。など、私が(素人ながらに)疑問に思っている点もあります。

(2014.2追記)この記事がたまにRTされているので念のため追記しておきます。PCSについてはそれ以来、ISUのジャッジセミナー用のビデオなどを見て勉強したところ、なるほど、格付け点というわけではなく、選手の基礎スケーティング技術などが反映されているんだなということが分かってきました。素人が思っている以上に、フィギュアスケートの技術、評価すべきポイントというのは奥深いです。そして面白い。


 ですが、総じて、昨シーズンの採点表を見る限りでは「不正や陰謀があったと言えるほどのおかしな採点内容は見受けられなかった」「採点ルールの範囲内で、まああり得る数字だろう」というのが、私の感想です。


6.まとめ 〜あとは皆さん次第
 さて、「不正は本当にあったのか、無かったのか?」。私のこの説を支持するもしないも、あとは皆さん次第です。
 昨シーズン、ネット上に溢れかえっていた陰謀論を見て、とにかくよく分からないが不安になってしまったという方は、この記事を元にもう一度冷静に考えてみては如何でしょうか。


 冷静に考えて、13ヶ国ものジャッジ達が結託して点数操作してるなんてあり得ますか?


 不正があったと主張する派の方々、私の意見に色々と反論はあるかと思います。反論を試みることは自由なので是非ご自分のサイトなりでやってくださればと思います。ですが論理的でない詭弁や感情論、誹謗といった類はオススメしませんとだけ言っておきます。


 #こういうエントリーを書くと、毎度毎度「○○人による工作が始まった」とか言う人が出てくるのですが、皆さんは関連サイトなりをみて私がどのような人間であるかご判断くださいませ。

*1:分からない人はググってください

*2:見た目の美しさはレベル獲得要件とは関係ありません。