「公平なジャッジを」という主張を見かけたフィギュアスケートファンの方々へ


 もう目の前にソチ五輪がやってきました。
 私は特にフィギュアスケートが好きなので、浅田真央選手を始めとして日本の各選手、また海外の選手達がどのような演技を見せてくれるのか今から楽しみですね。


 さて、昨年末辺りから、フィギュアスケート関連のTwitterハッシュタグなどで、声高に「公平なジャッジを」と繰り返している方々がいます。
 Twitterで話題を追っていれば、これらの話題は嫌でも目に入ってきますが、それらの殆どは、見る限りキム・ヨナ選手への批判の類です。*1
 一見もっともらしいことを言っていることもあるので、中には信じてしまう人もいるのかもしれません。


 ですが、彼らの言うことは(全部とは言いませんが)その殆どが説得力に欠けていると私は感じています。率直に言えばこのような類の言論に辟易しています。
 そこでこういった主張を見かけた方々へのメッセージとしてこの記事を書いてみました。


#これらの主張をしている当人には私が何を言おうと通じないと思うので、そこは見解の相違としておきましょう。本記事は、こういう主張をTwitter上で見かけた人へ向けたものです。


#また、中には本当に専門的な目を持っていて、本当に公平な視点で主張をしている人もいるのかもしれません。本記事はそういう方の主張まで批判するものではありません。


静止画による印象操作

 柔軟性が無いとか、シットスピンが腰高だとか、ポーズが汚いとか静止画で比較画像を挙げている人が多くいるのですが、もちろん画像の作成者が恣意的に、特定選手が悪く見えるような画像をチョイスして並べています。

 フィギュアスケートは柔軟性を競う軟体選手権ではありませんからそこだけを強調して比較している意味が分かりませんし、他のポーズについても同様です。
 シットスピンについては、画像のどのタイミングを切り抜いてくるか選べば、どの選手を悪く見せるか印象操作なんて自由自在でしょう。
 よって、この手の静止画による主張には公平な視点は全く無いと断言しても差し支えないでしょう。


いわゆる「分度器動画」

 分度器動画と呼ばれているジャンプの回転角度に線を引いて回転が不足していると指摘している動画もあるのですが、動画中の1コマを止めて直線を引く向きなんて、ある程度編集者の思いのままです。(横からのカメラで正確な角度なんて分かりませんよね)
 どう見ても公平な検証目的で作られてるとは思えない動画しか私は見かけたことがありません。


そもそも単なるバッシングしかしてない人

 「公平なジャッジを」と声高に主張している人達のブログなどを見に行ってみると、とにかく汚い言葉で誹謗中傷・バッシングが繰り広げられてるなんてこともあります。そういうのはもう問題外なわけです。(どの口が「公平」を言うのか、と)
 もし本当に公平な活動を推進したいのであれば、そういうことを書いてる人は排除した方が良いと思うのですが……、そういう人のツイートがRTされまくってるのでお仲間には支持されているようです。
 言うまでもありませんが、全く説得力がありません。


(※単に選手が好きか嫌いかという話であれば個人の自由なので、それは好きに語ればいいと思いますが、それをルールが公正でないとか、ジャッジが不正だなどとの話に繋げて欲しくはないです)


ルールの無理解や見る目の無さ

 フィギュアスケートのジャッジは、当たり前ですが国際大会ともなれば訓練を受けて経験も積み、その中でも実績が認められた人達が行なっているわけです。私たち素人と違って見る目を持った「プロ」なわけです。


 ですが、「ジャッジは間違っている」とする側の主張が、単なるルールの無理解であったり、単に見る目が無いだけということも多いです。


いくつかよく見かける例を挙げておきます。

  • 「こんなヘロヘロステップがLv4なんておかしい」

 ステップのレベル認定は、ヘロヘロだろうがキビキビだろうが要件を満たせば誰でもLv4です。(ついでに言えば、見る人が見ればヘロヘロなわけでは無かったりします)
 ステップというのは素人には分かりにくい技術があり、それを選手達はこなしています。派手に動いてるのが良いというわけではなかったりします。
 (ということが私は最近勉強してきて分かってきました。ステップに含まれているのターン、ステップの種類を分析した動画とか面白いですよ)

  • 「こんな遅いスピンがLv4なんておかしい」

 スピンについても、要件を満たせばどんなスピンであってもLv4です。(ついでに言えば、別に遅くなかったりします)

  • 「開始が明確でないステップだ」

 見る人が見ればこれ以上無いくらい明確なのですが、不正があると主張したい人にはそうは見えないらしいです。

  • 「漕ぎが多い」

 無駄なフォア/バッククロスが多くスピードが伸びないのであれば確かにSkating Skillの項目での評価が悪くなるはずですが、単にプログラム中の実施回数をカウントしても意味がありません。
(※こちらの方のまとめが参考になります>http://togetter.com/li/624490


 これらの主張の殆どは特定選手だけが(言うまでもなくキムヨナ選手のことですが)あたかも劣っているかのような文脈で話されていることが多いのですが、全選手に公平、客観的な視点で検証されているものはあまり見かけません。
 「公平なジャッジを」と主張するのであれば、一部の選手だけへの言及でなく、公平で客観的な検証が為されるはずなのですが。



 フィギュアスケートというスポーツには、ジャンプだけではなく特有の様々な技術があります。
 それらは素人にはすぐには分からないことも多いですが、ルールや採点法を勉強して見る目を養っていくことで、選手達の演技のどういう部分が凄いのか段々と分かってくるわけです。
 また当然、コーチや選手やジャッジはそういうことが分かっていて、その上で競技をしているわけです。


 が、それを飛び越えて「シロウトの印象」でジャッジを批判している人が溢れかえっているというのが現状です。
 フィギュアスケートを見る「プロ」であるジャッジのことを不正だと断定する割にその前提知識が足りないのでは、全く説得力が無いわけです。


そもそもハナから根拠無しで批判してる

 「公平なジャッジがされていない」「不正が行われている」と主張するのは、ある意味ではジャッジに対して犯罪の告発をするに近い重大な行為とも言えるでしょう。
 そういう主張をするのであれば相当な事前調査と、納得させるだけの証拠があるに違いません。
 そんなことを声高に主張している人のブログを見てみたらある日の記事タイトルにはこう書いてありました。


 「キム・ヨナの不正の証拠を集めよう!」


 え、「証拠を集めよう」って……? それまで根拠ないまま批判をしてたということですよね。これだけでも(少なくともこの人に関しては)相当信ぴょう性の薄い主張だということが分かるかと思います。


「Fair Judgement」のバナー(横断幕)について

 先のフィギュアスケートの大会で、『「Fair Judgement」というバナーを掲出しようとしたら会場係員に下げさせられた。フェアなジャッジをしているんだったらやましいことなんてないんだから、下げさせるというのはやましいことをしている証拠だ!』
 と言っている方が多数いました。


 そもそもバナーは、選手を応援したいファンの気持ちに応えるために大会運営側が抽選を行い、限りあるスペースを割り振って掲出を許可しているものです。大会のサイトにも「出場選手の応援目的に限る」と明記されています。


 それをルール違反して関係無いバナーを掲出してたら下げさせられるのは当たり前でしょう。ルール違反をしておいて「下げさせるのはやましいからだ!」って、それは小学生レベルのイチャモンでしか無いです。


 主張をするのは自由として、それは他のファンや選手、大会関係者などに迷惑にならない手段でお願いしたいところですし、もし迷惑行為をするのであれば非難されるべきでしょう。


フィギュアスケート陰謀論を本で出版している方の議論

 だいぶ以前から陰謀論を主張している方がいるのですが、フィギュアスケートに詳しい方とのTwitter上の議論で完全に論破されています。(と少なくとも私には見えます)

2011世界選手権女子SP。キム・ヨナ選手の3Lzの判定をめぐって
http://togetter.com/li/605881


 この方は「フィギュアスケートには不正がある」ということを主張されていたのですが、何のことはないフィギュアスケートの基本技を見る目が無かっただけで、そのことを指摘されたらその後の議論はしどろもどろに。

 今まで陰謀論を主張し続けてきて、本まで出版して(出版社は話題性さえあれば何でもいいのでしょう)、結局のところジャッジや選手達にとっては当たり前である知識も持ち合わせていなかった、と。


おわりに

 色々と書いてきましたが、「公平なジャッジを」というTwitter上でよく見かける主張には、このように説得力を欠くものが非常に多いというのが私の結論です。

  • きちんと実施されている技にも劣っているかのような文句を付ける。
  • ルールやジャッジシステムを理解しないまま文句を付ける。
  • 論理性や説得力に欠ける主張を繰り返す。
  • 誹謗中傷をする。

 こういった言動は、フィギュアスケートファンの見る目を曇らせますし、ルールやジャッジシステムの理解の妨げになると感じています。冷静なフィギュアスケートファンの皆さんはこういった主張に流されることが無いよう願っています。


余談:ジャッジシステムの公平性

 また、「採点に不正があるの?無いの?」と気になっている方は、4年前のバンクーバー五輪のときに私が書いた記事ですが、宜しければこちらも併せてお読み下さい。私が今言いたいことは4年前に殆ど書いてしまっていたという。

フィギュアスケートの採点に結局不正はあったのか? 〜陰謀論に心配になってしまった方へ
http://d.hatena.ne.jp/Sinon/20101020


 私はフィギュアスケートのルールやジャッジシステムが完全無欠のものであるとまでは思いませんが、今まで国際大会でおかしな運用がされていると感じたことは殆どありません。
(※各国の国内大会はまた別で、これはちょっと通らないだろう……という激甘判定が行われていることもあります)


 GOEやPCSは9ヶ国のジャッジの平均値によって採点されますし、テクニカルスペシャリストの判定は問題があれば、残りの2名がレビューを要請でき、多数決で決まるシステムになっています。

 こういったジャッジの仕事の詳細まではTVでは解説されませんが、詳しい人の話を聞いて勉強すればするほど、なるほど、上手く公平性・客観性を担保するシステムになっているなと感じます。


 私はジャッジを信頼してソチ五輪での演技を観戦したいと思います。

*1:特定選手のことを言ってるのではない、という主張も見かけますが、大体はそうであると言って差し支えないでしょう