「3A+2T」が「3Lz+3T」より基礎点が低いのはおかしいのか?


 現役では唯一、浅田真央選手しか跳ぶことの出来ないトリプルアクセル。それを含めた高難度のジャンプコンビネーション「3A+2T」*1が、より多くの人が跳んでいる「3Lz+3T」*2よりも基礎点が低いのはおかしいのではないか。


 何年か前から繰り返し語られているこの話題は、いくつかの誤解を含んでいます。

1.前提知識

  • ジャンプコンビネーション*3の基礎点は、単なる2つのジャンプの足し算。
  • フィギュアスケートにおいて主要な得点源は3回転以上のジャンプ。(4〜6点台)
  • 2回転以下のジャンプは、2点以下の得点にしかならない。(アクセルは例外)
ジャンプの基礎点*4
3T 4.1 2T 1.3
3S 4.2 2S 1.3
3Lo 5.1 2Lo 1.8
3F 5.3 2F 1.8
3Lz 6.0 2Lz 2.1
3A 8.5 2A 3.3

(注:本記事は2013年12月時点の基礎点になっていますのでご注意下さい。その後基礎点は改定されています)


 つまり「3+2回転」のジャンプと「3+3回転」のジャンプを比較していることが、まずナンセンスです。
 どちらも2連続ジャンプという点では同じですが、主要な得点源である3回転ジャンプが1個入ってるか2個入ってるかという部分が、そもそも大きく異なっているからです。

 もし比較をしたいのであれば「3A」と「3Lz」の基礎点を単に比較すればいいわけで(8.5点と6.0点)、一方には点数の低いジャンプを加算し、かたやもう一方には点数の高いジャンプを加算した上で比較するのでは、おかしな話になってしまいます。


 ですが、この説明だけでは納得できない人もいるかもしれません。続きがあります。3Aが跳べることは見た目の基礎点以上に大きなメリットがあるのです。

2.ジャンプ回数の制限ルール

 3回転以上のジャンプには回数制限のルールがあります。詳しいルールは各自調べてもらうとして、女子フリーでは最大で普通「5種7回」。3Aが跳べる選手は「6種8回」の3回転ジャンプをプログラムに含めることができます。

 さて、この回数制限を頭に入れた上で、3回転ジャンプの回数を1つしか消費せずに9.8点取れるジャンプと、2つ消費して10.1点取れるジャンプではどちらが優秀でしょうか?

 もちろん前者の方が優秀なわけです。先ほど「3+2回転」と「3+3回転」を比較するのはナンセンスだと言ったのは、このような回数制限の枠を無視して比較しようとしているからです。

3.何故「3A+2T」を跳ぶのか?

3回転以上のジャンプを2度試みるときは、片方は必ずコンビネーションジャンプとして実施しなければならない。

 同じ要素の繰り返し実施はフィギュアスケートでは単調な演技とされているため、このようなルール上の制限が設けられています。

 浅田選手としては基礎点8.5点のトリプルアクセルが跳べるのだから、出来れば2回組み込みたい。そうすればより大きなアドバンテージを得られます。

 しかし、前述のルールがあるのでその場合は片方をコンビネーションにする必要があります。そのためにわざわざ「3A+2T」というジャンプを選択しているのです。(2回組み込まないのであれば、単に「3A」を単独で跳べばよい)

 「+2T」の部分には、元から高得点を期待して跳んでいるわけではないのです。(それでも1.3点を軽視して良いというわけではありませんが)


 男子並の跳躍力とパワーがあれば、ここを「3A+3T」にして12.6の基礎点を得ることも可能ですが、さすがに女子選手では難しいですね。(過去に伊藤みどりが練習で跳んではいますが……)


 また、ジャンプコンビネーションの基礎点は単純な足し算と最初に言いました。
 何もわざわざ難しい3Aのときに、敢えて+3Tのコンビネーションを付ける必要はありません。他のもっと簡単なジャンプのときに+3Tを付ければトータルでの点数は同じことになります。
 実際、浅田選手の場合はプログラムの後半で「2A+3T」のコンビネーションを入れていますね。


 さて「3A」単独と「3A+2T」とを跳ぶことで、3Aの高い基礎点(8.5点)を2つ分も得ることができました。ここまで3回転ジャンプの枠は2枠しか消費していません。しかも「3Lz」も「3T」もまだ跳ぶ権利を残しているわけです。
 これが女子選手がトリプルアクセルを跳べることの強力なメリットになるわけです。(もちろん3Aの基礎点8.5点というのも、それだけで非常に大きいメリットですが)


4.二者択一なのか?

 「3A+2T」「3Lz+3T」のコンビネーションは、別にどちらかしか跳ぶことが許されていないわけではありません。どちらを跳ぶかは選手の自由ですし、もちろん両方跳べるなら両方跳んで構いません。どの選手も成功率を鑑みてより多くの点を狙えるジャンプをプログラムに組み込んでいるだけです。

 巷で見かける話は、「より難しいジャンプなのに9.8点しか貰えないのはおかしい」という文脈が多いのですが、「9.8点」と「10.1点」のジャンプどちらも跳べるなら跳んで良いのです。そうすればこれだけで20点近く取れます。

 ですが浅田選手の場合は、ルッツが苦手という弱点があるためこれをプログラムには入れていません。

 その結果、何故か「3A+2T」と「3Lz+3T」が対決するかのような比較が繰り広げられてしまっているのが現状です。(スポーツメディアですらこのようなことを言っている場合があるのが殘念です)


 「3回転ジャンプの回数枠」というルールを知り、プログラム全体のジャンプ構成がどうなっているかを知れば、「3A+2T」と「3Lz+3T」の部分だけ抜き出して基礎点を比較することが、如何にナンセンスな議論かお分かり頂けるのではないでしょうか。

 別に浅田選手は、「得点の不遇を嘆きながらそれでも大好きな3Aを跳んでいる」なんてことは無いのですから……。


 この記事が、日頃疑問を感じている方のルールの理解の助けになれば幸いです。

*1:トリプルアクセルダブルトウループ

*2:トリプルルッツトリプルトウループ

*3:連続ジャンプ

*4:T:トウループ、S:サルコウ、Lo:ループ、F:フリップ、Lz:ルッツ、A:アクセルです。この記事タイトルで読みに来た人は知っていそうな気もしますが